歯科矯正=痛いってイメージは確かにありますね。
実際に、〇〇ちゃんが痛いって言ってたから矯正なんてイヤ!!っていうお子さんもいるし。
顎を広げる、奥歯を後ろに下げる、上下の顎のバランスを整える、などこれらの矯正はほとんど痛みを伴いません。
”評判が悪い”のは歯の表面にブラケットという装置をつけてワイヤーで歯を動かす矯正です。
ブラケットが唇の裏側で擦れて痛い、ワイヤーがチクチクして痛い、これらはすぐに歯医者で対応できますが、噛むと痛い!・・・(歯に刺激が加わると痛みが走るので、歯ブラシでもイタ!ってなることがあります)
この痛みは3日くらいで慣れてだんだん軽くなるから我慢してねとお願いしています。
皆さんになんとか乗り切っていただいています。
歯は骨に植わっていますが、歯と骨の間には歯根膜という網様のクッションがあります。
ここに神経の痛みセンサーがあり圧がかかるとそれが反応して痛みを感じる仕組みになっていて、数日後にはそのセンサーが徐々に反応しなくなり、痛みを感じなくなるということです。
歯が動くということは、骨が溶けて空間ができ、そこに歯が移動するということだから、
歯を溶かす細胞や移動した後に骨を作る細胞も登場するのですが、一連の働きは炎症反応に近いので痛みはその辺りとも深く関わっているようですが、矯正の痛みのメカニズムはまだ全貌が解明されていません。
この痛みのメカニズムが完全に解明されたら、矯正用の痛み止め薬ができて、矯正治療はもっと楽になるのになぁと誰もが思うところでしょうが、
実は矯正治療100年の歴史で痛みはかなり軽減されています。
それで、今回は歯を動かす原動力=痛みの大元であるワイヤーの話です。
では、過去1世紀のワイヤーの歴史をたどってみましょう。
今から100年ほど前にアメリカのアングルという人がエッジワイズ法という矯正法を編み出しました。断面が長方形のワイヤーを使って、短い方の面を歯面に向けたのでエッジワイズというのですが、この方法は今の矯正方法にも受け継がれています。
ただ、このワイヤーにニッケル銀合金、プラチナ金合金を使ったので、これら貴金属は柔らか過ぎて矯正治療に望ましい効果を発揮できませんでした。
それで、強度が上がって、弾力もあるクロム–ニッケルを使ったステンレスが使われ始めます。1930年代には貴金属が姿を消し、ステンレス鋼が一般的になりました。
弾力があると言ってもステンレスですから、相当痛かったと思います。それに強過ぎる力を歯にかけると歯の根っこが吸収されて短くなってしまうという現象が起きます。
この時代には、今では起こり得ないトラブルが多発したのではないかと推察されます。
1950年代になると、コバルト–クロム合金が登場します。この合金は曲げたり捻ったりすることでワイヤーの復原力(弾性力)を変えられるという利点がありました。
歯を思い通りに動かすのに打ってつけです。
さらに、ベッグという人が弾性力の強いワイヤーで、かつ、弱い力で歯を移動させるという方法を発見しました。
これも今の矯正に繋がる考えですが、ただこの当時のベッグの方法は微調整で難儀しました。
1960年代初めに、アメリカ海軍がニッケル–チタン合金を開発し実用化しました。
いわゆる形状記憶合金です。その後、この合金は矯正ワイヤーとして応用され始めます。
スピンオフってことです!
1970年代半ばには、チタン–モリブデン合金が登場します。これはステンレス並みの弾性率がありながら硬さはその40%という歯に優しい合金です。
さらに、アングルの時代から比べると直径が半分以下のワイヤーも作られています。
ワイヤーは「たわみ」が増すと荷重が上がるので歯に強い力が多くかかるようになります。理想のワイヤーとしては「たわみ」が増しても荷重が低いままで変わらないことが望ましいのです。低い荷重が一定にかかる方が歯は移動しやすいことが分かっています。
しかも、歯の根っこの吸収も抑えられます。
1980年代半ばには、ニッケル-チタン合金の研究が進み、超弾性というワイヤーが作られ、1990年代には広く矯正治療に使われるようになりました。
理想のワイヤーに近づくように現在でも改良されています。
硬くないけど弾性率が高いチタン-ニオブ合金が歯科矯正に応用されたり、歯並びのガタガタを改善するには細いワイヤーをより合わせて1本のワイヤーにしたものの方が効率よく歯を動かせるなどワイヤーの研究はまだまだ続いています。
ところで、矯正治療で歯に直接つける装置をブラケットと言います。歯の裏側に着ける方法もありますが、ほとんどの場合は表側についているあの銀色や半透明の小さい装置のことです。
1970年くらいまではスタンダードブラケットと言ってワイヤーを取り付ける機能しか持っていなかったので、3次元的に歯を動かすために矯正医は曲芸師のようにワイヤーを曲げたり捻ったりしていました。
ちょっとした職人技が必要でした。
ところが、1970年にアンドリューズがストレートワイヤー法を発明しました。
これは、ブラケット自体に歯の本来あるべき傾き・高さ・根っこの向きなどを取り込んでおいて、術者はワイヤーを細かくて柔らかい順に取り替えるだけでいいというものです。
実際はブラケットを正しく位置付けるなどそんな簡単なものではないのですが、歯医者は複雑なワイヤー曲げから解放されたという意味では革命的でした。
ストレートワイヤー法はその後次々と発展改良され、現在ではノーマルな治療法になっています。
このストレートワイヤー法の発展はひとえにワイヤーの改良のお陰です。
柔らかいのに変形しないで、常に弱い一定の力をかけ続けることができるワイヤーが発展改良されてきたからです。ブラケットもワイヤーの特性に合わせて滑りをよくし、滑らかに歯に移動できるように改良されています。
これを目標にワイヤーやブラケットの素材やメカニズムを改良する努力を積み重ねて今日に至っています。
完全に痛みがなく矯正治療を行うには、今のところ歯根膜の痛みを抑える薬や特別な処置法の登場を待つしかありません。
しかし、ワイヤーとブラケットの改良で昔よりはずうっと楽になっていることはお忘れなく!
*マウスピースの矯正は痛みが少ない方法です。しかし、適用範囲が限られています。